那覇市立 鏡原中学校
  〒901-0151 住所:沖縄県那覇市鏡原町36番1    電話番号:098-917-3413   /   FAX:098-917-3433
自然に恵まれた、静かな学習環境。
新校舎・新体育館も完成。
共に学びましょう。鏡原中学校で、夢実現。
 

校歌

鏡原中学校校歌
作詞 外間清美
作曲 山川宗雄

1,若草萌える 鏡原の 緑の大地 ふみしめて
  心を磨き 身を鍛え 真理の道を たずねゆく
  その名も高し 鏡原中

2,豊かな流れ 国場川  平和の光 満ちあふれ   
  友情固く 結ばれて  学問の道を 進みゆく    
  讃えよその名 鏡原中

3,はるかに臨む 海原に 希望の雲は 湧き立ちて
  正しく強く たくましく   理想の道を 求めゆく
  我らの母校 鏡原中

校歌制定までの経過
 創立当時、制服制定・校章制定を1学期に成しとげ、2学期には校歌制定をやろうという事になり、運動会終了後に校歌制定を手がける事となりました。校歌制定には、時期尚早論もありましたが、「1日も早く校歌を作って歌うことにより、新しい学校の気運を盛り上げていきたい」また、「第1回卒業式には卒業生を校歌を歌って送りたい」という校長先生、教頭先生の強い希望があり、校歌制定委員会(構成員=玉城、永村、長嶺、田場、山川)を結成し、取り組むことになりました。
 全校生徒を校歌作成に直接参加させることによって母校への愛校心を育てる機会にしたいと考え生徒、父母、職員など広く応募を呼びかけたところ百十数点が集まり、委員会で審査を重ね、那覇教育事務所の国語科指導主事の山内先生の添削等をいただいた末、当時、鏡原中学校2年生の外間清美さんの作詞を校歌として採用することとなりました。
 歌詞の発表と同時に作曲募集に取りかかりましたが、私も教頭先生からの要請により2つほどメロディーを作ってみました。Aの曲は荘重でゆったりとした曲、Bの曲ははずむようなメロディーを生かした、明るく楽しく歌える雰囲気のある曲でした。
 作曲募集を締め切り委員会で選定し、琉大の渡久地先生に見ていただいたところ私のBの曲が最終的に、校歌の曲になることとなりました。決定した頃はもう2月の末になっていました。3月末、第1回卒業式には卒業生の巣立ちを祝う曲として、新しい校歌が体育館一杯に鳴り響き、感無量でした。
(校歌作曲起案者;山川宗雄先生談話=創立10周年記念誌より)
 

沿革

<地域の概要と学校紹介>

第二次大戦後、那覇市における人口の増加と、梅雨の時季における国場川および漫湖の氾濫等による災害対策の一つとして、潅漑工事および埋め立て工事を行った。その埋め立て地域に、住宅地や憩いの広場としての「漫湖公園」を設置し、その公園の一角に、20,930㎡の敷地を有して、那覇市立鏡原中学校が所在する。
 

昭和53年、当時「県都那覇市」に唯一残る小中併置校「垣花小・中学校」の中学部を分離独立させると同時に、小禄中学校区の一部を併合し、周辺の小学校からの「中学校」として創立された。昭和53年1月1日「鏡原中学校」として設立認可され、同年4月1日開校の運びとなった。平成26年度で37周年を過ぎ、38年目に入った学校である。

那覇港に近いこともあり、特に南岸の垣花集落は、米軍物資や兵員の輸送の中継基地として利用された。また、北岸那覇側は、住民の食料を始めとする生活物資や建築資材等の受け入れ港として重要な役割を果たした。そのため、人や車の往来が盛んで活気があり、県内各地方からまた本土から、大勢の人々が那覇港で働くようになり、那覇港に隣接する垣花・山下・小禄地域もその影響を強く受けるようになった。道路も整備され都市型へと変貌し、昭和29年9月、那覇市と合併し、那覇のベットタウンとして、また空の玄関である那覇空港に最も近い地域として、名実ともに戦後大きく転換した地域である。近年は大型店舗の進出もめざましく、モノレール等交通網の整備と相まって、商業地域としても活況を呈している。

 また、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」いわゆる「ラムサール条約」による指定を受けた緑多い「漫湖公園」に隣接するという立地条件が、本校の教育環境をサポートしてくれる。各種の野鳥を観察することができ、那覇市に所在する学校としては「自然」に恵まれた環境の中にある。さらに、奥武山公園や陸上競技場、野球場、プール、テニスコート、武道館などの公共施設が近くにあり、地域の公民館や自治会等と共に、週休2日の子どもたちの生活を条件的に支えてくれている。子どもたちの教育についても、旧集落が米軍用地として接収されたために、他の集落に移転・居住する住民も多かったが、長い年月を経た現在でも地域の住民同志の結束は固く、相互に協力し合い、自治活動も活発であり、子弟教育に熱心な土壌が生きている地域である。母体をなす小学校は、垣花、宇栄原、小禄南、小禄(一部)の四校で、生徒数は昭和60年に千名を超えたのをピークに年次減り始め、今年度は564名でのスタートである。

校舎は埋め立て地への建築のため、ひどいところで約30センチから50センチの地盤沈下があり、接している外階段の傾きや剥離等、課題となっている。一方では、中庭にある「ホウオウボク・ガジュマル・タイワンスギ・タイワンレンギョウ」など、成長した緑濃い植物が野鳥の飛来を歓迎しており、心落ち着く空間となっている。

生徒は総じて明るく元気で人なつこい面がある。しかし、諸課題もあり、今後は職員及び保護者・地域の方々と手を携えて、英知を結集して解決に当たり、子どもたちのために力を尽くしたい。

 

教育目標

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